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神秘の大樹だいじゅシリーズ第三巻
神秘の大樹
 文字・数・色で証す新次元

 

 

 

船井幸雄と遠藤誠と私と
妻とを結んだ魂とは

 

文字と数字は生き物だ

触覚を持った生き物だ

魂を運ぶ生き物だ

縁結びのメッセンジャーだ

運勢を運ぶ生き物だ

時空を超えてやってくる

人々はそれを知らない

 

 平成九年二月四日のこと、友人のフジイさんから同級会の知らせを受けたが、私は今、原稿を書くのに忙しいから出席できないことを伝えておいた。話は単にそれだけのことなんだが、おかしなもので、翌日になってから同級会とそれを知らせたフジイさんの流れが、異様な雰囲気で共振共鳴の花を咲かせ始めたのであった。

 この日の昼ころになってから、弁護士の遠藤誠先生から本が届けられた。サイン入りの新刊書『交遊革命』(社会批評社刊)と、『観音経現代的入門』(現代書館)という著書であった。

 また、妻は、二、三日前から時間の合間に、船井幸雄・著『自然の摂理に従おう』(風雲社刊)を読み続けていた。

 その日の夜六時頃、再び同級会の話となって、今回の同級会は何日だったか、と妻に聞いたところ、〝二月二二日〟だという。

 ウーン、二二日か…私たちが出席したのは、昭和五九年の〝九月二二日〟が最後であったし、その時の席番も〝二二番であったなぁ〟と、不思議な情感が湧いてきた。妻と私は、中学時代の同級生でもある。

 側で妻は、船井さんの本を見ながら、「〝二二〟頁には、〝九月二二日〟のことが書いてあるよ」と言い出した。

 船井さんの母堂(船井コギク)が八九歳で亡くなられたことと、新たな決意で生きようとする船井さんの記述が載っているというのだ。

 それを聞いた私は、〝二二頁〟に〝九月二二日〟のことか…といよいよ不思議な想いが全身を包み、心は高まるばかりであった。

「凄く〝二二〟が出るなあ、俺は、〝九月二二日生まれ〟だよ…それじゃ念のために遠藤弁護士の本の〝二二頁〟を開いてみてくれ」というと、妻は、側から本を取り出して頁をめくり始めた。

 ところが二二頁を見た妻は、一気に慌ただしくなった。涙の出るほど感激し、すぐトイレに立ったが、笑いと涙がトイレの中でも続いていて止まらない。その時、七時二分(=二七フナ)であった。

「お父さん〝二二頁〟には、〝辞表を叩きつけたしげるさん〟と出ているよ、お父さんはシゲル(茂)ですよ」と、なおも妻は、共振の感激に声を詰まらせていた。それも文化放送の司会者を勤め、芸能界のリベラリストと言われている〝梶原しげる〟というのだ。私は、〝菅原しげる〟でひびきがそっくりではないか。

 この時、私の九月二二日生まれ(九二二)の裏数字〝二二九〟が気になり出したのだ。

 それじゃ、船井さんの〝二二九頁〟には、何が書いてあるか見てくれ、と言った。再び妻がページをめくり始めると、そこには〝……百匹目の猿現象……云々〟と書き出していた。共時性現象のことである。今、私は、〝共時性現象〟の原稿を書いている最中ではないか……その異様な次元を感じ始めたので、「それじゃ、遠藤さんの二二九頁を開いてみてくれ」と言ったらそこには一面〝白紙〟の中に〝関係者の都合により、このページは、削除しました(著者)〟とある。〝二二九頁〟は〝白紙〟になっていたのだ。

 九月二二日(=九二二=二二九)は、私のいのちが誕生した記念すべき本念であり、これらの共振共鳴は、私の余生にかけた神聖なる暗示なのかもしれない。どう理解していいものかと思いあぐねている時、妻は、再び

「お父さん、これを見ましたか」

と言って本の裏表紙の内側を開いてみせた。船井さんの本は友だちからいただいたもので、その時の記録が記されてあった。

〝平成日午後四時二二分〟

となっていた。

〝九二二〟と、〝二二〟の数のエネルギーが、駄目押しをするように肉迫して来たのだ。

 震源は、ここだったのか? 明言のない数霊によるバイブレーションは、その受け取りようによっては千差万別に意味をなす。だが、自分に向けられた共時性現象は、自分の直感にたよる他なく、また、それが核心に近い答えを出してくれると思っている。最も素直に思えることは、次のようであった。

 平成日午後四時二二

 〝フナイの本〟を〝フミコ〟が受取り、

 二二二日の同級会通知を〝フジイ〟より受取り、

 〝船井幸雄の本〟の〝二二頁〟には、

 新たな決意で生きようとする記述が記されてあり、

 私も今、そのような心境に立っていること。

 さらに〝二二九頁〟には、

 百匹目の猿現象を起こし、世界にエヴァの世界を広めたいと言っていること。

 今、私は、共時性現象を書いている最中であること。

 〝遠藤誠の本〟の〝二二頁〟には、リベラリストの〝梶原しげる〟が辞表を叩きつけたとある。

 私もこれまでの固定観念から抜け出そうとしていること。すなわち、新しい価値観への脱出であり、それは〝辞表〟の提出ではないのか。

 さらに〝二二九頁〟は〝白紙〟であった。全面削除ということである。弁護士・遠藤誠であるからこそ、できる勇断といえる。私も、今までのプライド、体面に囚われない人生を考えつづけて来た。まさに、〝白紙〟に戻して、新しい出発ということになる。

 九月二二日生まれの私に、数霊による共時の魂が鳴りひびき、心の底からの変革を示唆されたものと胸に刻み受け取ることが出来たのである。

 米には米の魂(稲霊いなだま)を感じ、食には食の魂(食霊しょくれい)を感じて生きる妻(と私)の心の磁場に、ひそかに通い合う魂の輝きをみる思いだ。その魂の輝きこそ、数霊かずだまにひびかせたいのちの光源ではなかったのか。

 その〝魂の光〟とは、

〝船井コギク(船井幸雄氏の母堂)〟の魂だと、妻は感じていた。

〝米一粒の大切さを教えてくれた母〟

そして、

〝平成八年八月四日天寿全うされた母〟

〝八年八月〟は米の魂をシンボライズする〝八八〟の数霊と融合する次元でもあろう。

 船井さんの母堂は、農を愛し、米一粒のいのちに感謝し、自然態の質素を旨とし、そして厳父は自然主義思想の魂を貫かれたという。一冊の本といえどもこの蔭には、米の魂(稲霊)のひびきを感じさせてあまりあるものだ。

 二冊の著書と、〝二二〟と〝九二二〟の数霊からは多くのことを学ぶことが出来たのである。

 

 

 

 

 

 

林の響きが魂を乗せて

 

 平成元年のこと、K牧場に立ち寄ったのは夏至も近づく五月下旬の穏やかな夕暮れ時であった。牧場は、まだだいぶ明るさが残り、そして羊の群れの柵の前には、一人の女性が立っていた。

 広々とどこまでも続く緑の牧場の柵の中からは、こちらを見ているかわいい羊たちが群れをなしていた。ここは羊の放牧場。くねくねしながら一列になっての羊の機関車。父さん羊がめぇーへぇへぇと歩く後ろには、チョコチョコと赤ちゃん羊がメェメェメェと小股の早足で続いてくる。いくら見ていても飽きのこない情景だった。

 ここは観光牧場であることを教えてくれたその女性は、E神を信仰されていて、いわく、E神はこの地上を、このようなのどかな楽園世界にする絶対神であるというのだ。

 そうですか、と聞いているうちに次第に話は理論的になり、女性は知性的に組み立てた自然世界を語り始めた。こちらはあえてそれに言葉をはさまず聞き入っていた。純真性はいいことだが、何か観念論的で、この世界を語るには、何とも言えない現実に対する免疫性が薄いように感じた。一方の私は、あまりにも野人風であら削りの体験論的であると思えてきた。

 女性は理知的に人格神の絶対論を向けてくる。こちらは体験的現実論で自然界の話をするし、そして独自の信仰心を披露する。このように羊たちを前にした二人の話には、薄いもやもやの壁がうごめいていた。それは理論と実践の壁のようなものであった。私は言い出す。

「この大自然のハートと一体になり、羊も、草木も皆平等の魂と思うようになりましたよ」と言うと女性は、そのことには同調的ではあったが、「E神の教えもそういうことです。E神は人格神ですが、この世をおつくりになったただ一人の神。神の目的が、この地上の楽園であるのです」と教典を読んでいる感じの調子で話してくれた。だがその、キリリとした知的で理性的で忠実な話ぶりには、こちらの野人にはどうも危なっかしい感じもあった。

「宗教はみな自然のように受け入れなくてはいけませんなあ」と私が言うと、女性は、

「神は一人の人格神にこの世の支配を託された」と言うから私はそれには同調できず、

「この自然界には支配はないですよ。大自然は無秩序の秩序であることを私は肌で感じて知りましたよ」

と言った。女性はそれには、教典にもそれに似たような教えがあるのですといって反論はしなかった。しかし、同調もしなかった。なんとなく女性の心理がタバコの煙の輪にも似て、音もなく、私の体を煙の中に入れようとしているのが痛いほど感じられた。それは紛れもなく女性の心の奥で渦巻く一種の葛藤ではないか。微妙に自己矛盾する煩悩心が動いていたのだと私は思った。

 それは、私の自然流的思考に対する憧れと嫉妬性の思いの湧き上がりではなかったのか。話は続いたが、柵の中の羊たちも動きを止めて草むらに体を休めている。さも私達の話を聞いているかのように、ときおり視線をこちらに向けていた。夕暮れは一段と深まり、女性との会話は静かな大地にそのひびきをあずけ、別れ際に私から「菅原です」と言うと女性は、「中林です…ありがとうございました」とていねいに言ったが、そこには何かしらの重みのあることに私は気づいていた。

 牧場を離れてしばし走った先の路上で私はその夜を過ごすのだが、外は激しい雨となった。晴れ上がっていた牧場とは別天地の夜となったが、一夜明けた五月二八日の朝は、これまた晴れわたる好天の日曜日となった。晴れわたり、また豪雨となりまた晴れる。天地自然の鼓動の息づかいさえ感ずる移ろいの中で、この日もまた幾重にも不思議で神秘的な体験を続けることとなった。

 朝食抜きの遅い昼食で起こした、ドライブイン「はしば」での無礼な出来事(詳細省略)があってから、冷や汗をかきつつ走ること三〇分。今度は真昼の幻視が起きた。右手のトンネルからは、無音の特急電車が飛び出してすれ違った。それから二、三分過ぎて、今度は左手前方から先ほどと同色同形の特急電車が迫ってすれ違った。先ほどは無音のすれ違い。今度は轟音をたててのすれ違いなのだ。

 ここは山手線じゃあるまいし、四~五分に一本、それも同一方向に走る電車なんて考えられないことだ。ましてやここは単線である。地図で見れば確かここらでは一カ所、国道をはさんで右手を電車が走る区間があることはある。ほんの四~五キロの区間である。

 

右手の山際を走る無音の特急電車…

二、三分過ぎて今度は左手を走る轟音の特急電車…

ここは単線であり走る方向は同一の上り電車…

それは真昼の三時ころの話…

 

と、これらのことを今思うとうなずける一面もある。

 電車といえど、すべては物質元素(原子)の光の物体である。今は、デジタル全盛時代であればこそ、磁気・磁波・磁性体の受像転換ができ得ることを考えるならば、その実態を、先の先で予兆的に映像化できても不思議ではないであろう。思えばその時の私の脳髄は原始的機能に戻っていたのかもしれない。

 この日は無礼な出来事を起こし、また、「真昼の幻視」と予期せぬことが続き、さらに三つ目の異変が夜に起きた。

 長い車中泊の中で汚れもたまっているから、道すがら出会った滝温泉(秋田県大内村の一軒宿)で、九時頃であったが入浴させてもらった。浴場の鏡の前に腰を下ろして自分のコピーと対面した時、異常を感じてぎくりとした。あれ、何だ、ものすごく目が疲れてみえるぞ。目の縁が真っ黒でまるでパンダだ。と思うや、途端に全身の疲労感が急迫してきた。隠れていた重苦しい疲労感である。こんなことは旅慣れた自分にはなかったことであった。この時すぐにピンときた。これは仮の疲れだ! と思った。本物の疲れではないと感じた。おかしいぞと、その時である。あの女性だ! と心の中で叫び出した。

 中林さんという女性の心の磁気テープだと思ったし、そのテープが残留していたのだと感じたのである。生き霊の憑依などと言ったら薄気味悪くなるだろうから別の言い方に変えれば、心の転移保留ということでもいい。とにかく心は原子の光で磁気を帯びていると思う者にとっては、心のコピー、また、心の転移現象はあり得て当然であろう。いやはや生命体は見事な磁気テープになっているのだ。

 磁気になっている人体は、録音や録画もできるし、また、再生もできる。消すことだってできるが、その消す作業だけは、少々時間がかかり面倒な世界だ。心に記録されるときは、心のサイクルに共通性があるから容易に収録できるだろうが、その共通性があるからこそ、消滅させる段になると少々面倒となる。あくまでも自分の心の問題ではある。私には、中林さんという女性の心的サイクルに類似性があったためであろうと思っている。

 浴場の鏡の前で、これは仮の疲れだとわかったが、それが、憎悪や怨念といった類いではないことだけははっきりと分かっていた。これはたんなる女性自身の割り切れない執着心がそうさせたものと思ったのであり、いわば陽性(善性)の心の転移といったところであり、悪性でないことはその感じでわかった。悪ではないと理解できたのである。

 そこで私は鏡の前で、私なりの思いの生命十字を向けたのである。

「あなたの宗教に全ての正しさをつくりあげてはなりません。いのちの世界には支配はありません。片寄った心を正して心を安らげ、いのちの光に一体となって輝きを強めなくてはなりません。決して迷い執着のなきことを祈る」

 これはおこがましくも他人に対して言う言葉でなく、自分の心に向けて送る波動である。

 その後、間もなく不思議と全身爽快となり、その夜は、近くの山中深い高台の路上で車中泊となったのである。風もなく深い静まりの中、天空澄みわたり満天の星々は極楽の輝きを発し、得難い夜であった。

 翌朝、むせ返るような深く甘い香気に包まれていることに気づき目を覚ました。いい香りだなあと、ドアを開いて外に出たら、目の前一面に咲き誇る桐の花に心が浮き立った。思わず胸いっぱいに吸い込んだ。この辺り一帯は植林の桐林になっていて、今が盛りと開花していた。旅の中でこれほど見事な桐林には出会えなかった。ここでふと浮き上がったのは、あの中林という女性とここの桐林の「林」のひびきである。このひびきは、昨夜思ったとおり、善性のひびきに違いない。

 しばしこの場にひたってから私は下山を始めた。屈折する山道を二キロくらい下りかかった時、谷沢の向かい側の一軒の鉱泉宿が目に入った。朝の七時過ぎというのになぜか私はそこの湯に入りたくなった。旅の中で二日続けての入浴などありようのない話である。沢を渡ってみると、看板には若林の湯と書いてある。快く受け入れてくれた宿の女将さんに一五〇円を手渡して、思いもよらない入浴に大満足をして私は再び山里を下りていった。だが不思議であった。たった今、桐林の山から下りたというのに、今度は若林の湯とは! またもや「林」の連続ではないか。

 K牧場の中林さん、満天の星で桐林、そして、朝の入浴が若林の湯である。これはきっと、女性の心の磁気テープが、それも善性の想念転換に変化したことを意味するのではなかろうかと私なりに思った。

 私に心身疲労を起こさせはしたが、私なりの思いのテレパシーが彼女にも届いたであろうし、そして、明るい善性となって帰ったのであり、喜びの精神波動に転換されたものではないか。これは独善的かもしれないが、連続する「林」のひびきには、その可能性が秘められていると私は思っている。

 心は生命原子(生命元素)で、原子は光以外の何物でもないであろう。何が早いといっても光ほど早いものはない。「思えばすぐ」である。

 独善といえば独善かもしれないが、見えざる魂が生きていることを、ここ若林の湯を出て山里の村に下りてから知らされることになった。

 集落まで下りたはいいが、道が分からないのだ。そこで、目にした一軒の自転車屋を尋ねた私は、聞かれもしないのにそこの主人に、今、若林の湯から下りて来たんですと言ったら、主人は目を丸くして、「えっ、今、若林の湯のおやじが帰ったばかりだよ。大の友達なんだよ」と言うではないか。これを他の誰かに聞いたとしたら、こういう具合には物事が運びはしないものだ。偶然というものは、はじめからこの世に無いのだと私は思った。そんなに何もかも調子よくパズル合わせができる訳はないのだと思った。

 この自転車屋の主人は大喜さんという方であった。文字の通り喜びいっぱいの方であった。文字のいのちが響き会っているではないか。また、主人は酒が好きで旅が大好きだという。趣味もかなり私と近い。

 どうも私の旅は魂が不滅ということ、生きて輝いているんだということの証人に見立てられている姿ではないか。

 ここまでの話で考えさせられる事実として、林という文字のひびきを考えれば林の重なる連続がある。そこに、言うに言われぬいのちの意志性を感ずることができる。さらにそこには、数霊という数字のもつ魂のひびきに注目しなくてはならない。

 文字の「林」は、数霊に転換すると「八八四=はやし」となる。中林という女性、桐林、若林の湯と動いて、その「林」の連続の中に、文字の「林」が言わんとする「意志の表象」を感じてならない。

 さらに、無礼の出来事の舞台となったドライブインは、「はしば」という食堂で、この「はしば」は、数霊に転換すると「八四八=はしば」となって、林の八八四(=はやし)とは共振共鳴のひびきを共有するいのちの根源に根差すものだと考えられる。その時は、突拍子もない無礼だったが、魂の流れからは全て必要な意志のシナリオが秘められているものだと、私は今そのように考えている。

 いのちから発するもの、魂から発する一連の意志には、その謎解きに不可欠となる文字・数・色の三大ひびきの要素があるという現実に、気づくこともなく暮らしているのが普通の姿であろう。

 

 

 

 

 

 

雲になった桃太郎

 

 どんなものにもいのちがあると私は日頃からそう思うようになった。そして、いのちの一つ一つには顔があるとも思ってきた。また、いのちの本体は心ある物質であるということが私の生命感の土台となってきた。いのちは、心性と物性の両性(二象体)を持つ、元は一つの心性物質から発しているエネルギーだと思うようになった。

 だから、石一個、雨一滴、草一本でも物質であると同時に心であるということになり、それらのルーツをたどれば、目に見えない原子(元素)、素粒子などといういのちの素にたどり着く。科学が進めばもっと深いいのちのふる里に案内してくれるかもしれない。いずれにせよ、内なる宇宙も外なる宇宙も、いのちで満ち満ちている世界、それがこの世だ。

 難しく考えれば、この生命世界は、共振共鳴共時の世界であり、磁気磁波磁性体の世界であり、代謝躍動安定エネルギーの満ち溢れている世界だと私は考えるようになった。すなわちこの世は、生命力で満ち溢れているいのちの世界に他ならない。

 いのちの世界では、心は物質であり物質もまた心であるから、この世の存在は見えても見えずともすべてが生命体だという考えに立つことができる。

 そういう考えに立つときいのちには顔があるものと思えば、この世の全存在には顔があるということになっても不思議ではない。そういうことを思うか思わぬか、また馬鹿馬鹿しいと思うかであるが、例えば水蒸気の一粒子にも心性波動があって、さらに、顔の相があるといってもいいのではないか。

 心性波動は光といえるから、この世は光の世界といいかえてもそれほど馬鹿げた話でもないだろう。目の前の石一つでも光を発している。すなわち、心性波動を発しているし、その心性の内容はわからないが、心の素の磁気磁波磁性体であることには違いない。

 ここで、自分というものを考えてみたとき、そのできあがる過程をさかのぼれば、毎日欠かさず口にする食物が細胞体をつくり、その組織体である自分の奥深くをたどるならば、細胞へ、分子へ、原子(元素)へ、素粒子へと、どんどん内なる大宇宙へと進み、その果ては、無音無体の「無」の世界となる。この無の世界こそこの自分の真の姿といえる。それはすなわち、いのちの土台は「無」であるということにもなるではないか。

 何もないという無の世界ではなく、心と物質の両性をもった心性物質波動で充満する絶対静の世界だと私は考えている。

 絶対静の内的大宇宙の自分、無を土台とした自分がもの申すことになるから、やはりこの本体は幽霊であって当然だ。するとこの世は、幽霊の話し声で溢れているけれども耳には聞こえない。どうですか? 馬鹿馬鹿しいかぎりですか?

 幽霊といえば、薄気味悪く恐い話になるようだが、実は、自分の中は幽霊そのものの世界であって、目には見えない妙な物申す精神世界である。目に見えないものは恐いのである。放射能も心も目には見えないし、いのちという、意志性エネルギー体は、目には見えない幽霊の世界なのであって、恐いのは、人の心ではないか。極端なことを言えば、我々は、幽霊に着物を着せて歩いている姿なのだ。だから、恐くない心の持ち主になりたいと思うし、政界などでも取りざたされるものに、怨念劇があるくらいなのだ。

 心のサイクルさえ合えば、この世は万華鏡で見るごとく、心のサイクル次第では変化に富んだ見え方をするのも当然だ。

 さてここからは、心のチャンネル次第で驚くような天体ショーを紹介してみたい。

 ある日、旧知のご仁が私に、次のような体験を披露してくれたことがある。亡き愛犬が、雲に姿を変えて逢いにきたのであった。

 ご仁の犬好きは並のことではないようだ。寝食を共にという感じの心の通い合い即ち、以心伝心の世界であった。

 昭和六四年一月一日、数匹の子犬たちが誕生した。すくすく育った子犬たちは、やがて新しい飼い主たちに引き取られていった。その中で、「桃太郎」という名前の特別かしこい牡の子犬は、知り合いの老夫婦に引き取られることになった。新しい飼い主の老夫婦は、やさしく大事に育てて、桃太郎と楽しく過ごしていた。

 ところがある日のこと、おじいさんが病に倒れて入院することになり、残されたおばあさんは、犬の世話まで手が回らずご仁のところに親元になってほしいとお願いに来た。願われたご仁は桃太郎を引き取ることになった。

 ところがどうしたことであろうか、それから二、三日後のこと、桃太郎は、どうみても車に自分から飛び込むようにして轢かれて死んでしまったというのだ。平成元年八月二七日のことであった。

 それからというもの、ご仁の悲しみは容易に消えやらず、月日はどんどん過ぎたのであった。

 ある、夕焼け空のとても美しい日のことであった。輝く茜雲に後ろ髪をひかれる思いで振り向いたとき、目の前に刻々と姿を変える雲を見た。他の雲よりひときわ動きのはやい龍の体のような姿にハッと心を奪われたご仁は、素早くカメラに収めたが、その間ほんの数十秒くらいであったという。

 その雲の姿は、あまりにもリアルで、そして、亡くなった桃太郎の姿にそっくりであったのだ。

 雲となった犬の目は、生き生きとご仁を見据え、さらに口元では、何事かを語りかけている姿に見受けられたという。

 桃太郎の姿は、ご仁の想いの波動(光)で雲に転化したものであろうか。それとも、ご仁の心に受け答えするようにして、いったんは天地に命をかえした桃太郎ではあるが、ご仁の魂に内在する桃太郎の霊魂が生命元素を呼び寄せて雲に有体化現象を起こしたものであろうか。

 それらのメカニズムは不明の謎であるが、あくまでもご仁の魂に残っている愛犬・桃太郎への想いが熟成されて、その霊魂が雲に同期したのかもしれない。

 

 

 

 

 

 

鮭が犬に変わる時
こころ姫とものの王子

 

青くかがやく水の星

火の玉つつむ水の星

火水かすいの結晶我らの地球

いのち溢れる我らの地球

幾億万種いのちの泉

共存共栄悲願の祈り

知的人類平和の祈り

 

 ある日のこと、地球の父と母のもとに一卵性の双子が誕生しました。女の子と男の子でありました。父さんと母さんは喜びいっぱいでこの双子に名前を考えました。

 女の子には「こころ姫」

 男の子には「ものの王子」

と命名しました。

 こころ姫とものの王子は日増しに成長して、見違えるばかりに立派な姫と王子になりました。

 双子のこころ姫とものの王子は、川の舟遊びが大好きでした。秋も深まり、山々は紅葉にいろどられ、田畑は秋の実りで幸せいっぱいにふくらんでいました。

 ある朝のこと、こころ姫とものの王子がいのち舟に乗って川遊びにふけっていると、透き通った川下のほうからさざ波立てて鮭の大群が上ってきました。鮭は大海原の旅を終えて四年ぶりにふる里に帰ってきたのでした。それはそれは見事なものでした。

 鮭の大群に見とれている時、一匹の子犬が土手で遊んでいるのがこころ姫の目にとまりました。すると、どうしたというのか、急にこころ姫はうとうとと眠気につつまれたのです。そして、ものの王子に寄り添うようにして気持ちよく眠ってしまいました。そして姫は夢をみました。川上に上って行く鮭の背中に子犬が元気よく乗ってはしゃいでいる夢。紅色の大きな鮭にまたがって子犬はうれしくてたまりません。子犬が思わず「バンザーイ」と大きな声で叫んだとき、夢の中のこころ姫も一緒になって叫びました。その声に驚いたものの王子は、ひざ枕しているこころ姫をだきしめて、

「どうしたんだ、姫!」

と呼び起こしました。こころ姫はハッと目を覚まして、

「あら、夢を見ていたわ」

と、ニコニコしながらものの王子と顔を見合わせました。

 子犬が鮭に乗って遊んでいる夢をみたこころ姫とものの王子が、いのち舟の川遊びを終えて元気よく家に帰ってくると、子犬の絵柄の赤いセーターを着たお母さんが待っていました。朝食の用意ができたばかりでした。

 お母さんは、珍しく大きな鮭の切り身を焼いて待っていたのでした。目玉をぐるぐるさせながら皿の中の鮭と向き合ったこころ姫は、夢のことを思い出しながら、鮭の切り身を箸で取り出したそのとき、ハッと驚いて大きな声で叫びました。

「犬だ! 鮭が犬になった!」

と言って飛び上がったのです。

 夢で見た鮭に乗って遊んでいる子犬が、本当に目の前に現れたのです。驚きと喜びで一杯になったこころ姫の目には、キラキラ輝く水晶玉のようなうれし涙が溢れておりました。

 いのち舟で夢を見たことが、家にいたお母さんにも、いのちで結ばれていたのです。

 

[注1]珍しいことに、朝食に鮭の切り身焼きを出した妻は、珍しく子犬の図柄の赤いセーターを着ていたのであった。食べ始めて、箸で鮭を取り出していたとき急に妻は、突拍子もない声で叫んだ。「犬だ! 犬の顔だ!」それは、平成元年一二月二六日・午前九時三三分のことだった。

 犬姿の鮭は見事な造形であり、ジグソーパズルから抜け出した犬の顔姿であった。今にも開きそうな口元、まつげのある目、きりりと揃った両の耳などは考えてつくれるようなものではなく、そこには自然の流れがあった。

 鮭の身は、いわば木の年輪のようなもので、静かに取り出してみるとポコポコと剥ぎ取ることができる。それはそれでいいのだが、犬の首の形や両耳の造形はただごとではない。よく言われる神通力のようなものが伝わってくる。犬の図柄の赤いセーターを着ていた妻の心に、その発信源があるのではないかと、私は考えてみた。心に描いたことは、その心の深さに相応して、それが外界に現実化するという、とても得難い体験例ではないかと思った。

 いつでも、誰でもがそうなるというものではなく、幾重もの特異な条件が重なるときにこそその心の現実化が完成されるのだと私は考えてみた。

 赤いセーターと図柄の子犬、そしてその舞台となったのは、他の魚たちではなく、紅色の鮭であった。

 なぜ妻にとって鮭なのかといえば、鮭(さけ)は酒(さけ)に通じ、酒は米に通じる言葉のひびく世界に心が向けられるからなのである。第三者には容易に理解できにくい話と思うが、このことをもっとくだいて話そうとすると、私の酒乱人生までさかのぼらねばならないから、この鮭と酒と米の話はあえてつづけないことにする。[注2]

 ここで、心が物質化したその鮭の犬姿がなぜ起こり得るのかと考えたとき、問題は「いのちとはなんぞや」というとてつもない命題にぶち当たることになる。

 時々、私は、この宇宙空間に独りポツンと投げ出された感覚になることがある。いのちとはなんぞやなどといっても、この世はいのちの海であるから非生命という存在はあり得ない。

 鮭であっても人間であっても、犬であってもセーターであっても、その図柄の犬にしても、死んでいても生きていても、いのちでないものはこの世にあり得ないという考えを私は持っている。

 死も生も、チリ一片にしても、心も物質も、何もかもがいのちなのである。私流でいえば、それらは皆同一生命元素であり、化学合成体であるというのがその根本にある。

 心は物質、物質は心で元もと一元であり、分離不能であり、心と物質は不分離の一体なものであるという考えを私は持っている。元は一元の生命元素で、心になったり物質になったりとするのであって、その「二象体」に現象化しているのが私の生命観の基盤を成している。

 それゆえ心に思うことは物質化するし、その物質なるものは常に心性磁気波動を発信していると考えている。心の波長に共振共鳴されうる磁気磁波磁性体であればこそ、なんらかの影響を受け、その形象化に及ぼすと考えられる。こうした考え方をもてるのも知的人類だからであろう。

 人類は知性によって栄えてきたが、その反面、知性によっての影におびえる結果をも伴っている。そう考えると、人知の開花は八分咲きくらいが一番美しいのではないかと思う。それは、生命感にあふれた影の少ない美しさに感じられてならない。

 赤いセーターの子犬の図柄、鮭の切り身の子犬の姿、そして、妻の心など多重の条件によって、心の物質化が現実となることを思うとき、この話は少なからず尊い示唆を発信しているのではないだろうか。

 

 

編者注(註)

 

 

     

       

 

 

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